考えを読んだかのように紡がれる言葉は中々に失礼だったが、中路自身も否定すべき箇所はなかったし、『貴方の様なこの世界には非現実的な顔の人間がそんな事言うとは思わなかった。』と思った直後にすぐの見込みこそはしたものの、一瞬でも考えたのであいこだと思った。
「さて、君にはいつものとおり仕事を頼みたい。」
「誰ですか。」
ヒールを鳴らしながら机に向かう彼の言葉に間髪入れずに聞き返す。 長居は無用。馴れ合いも無用。寧ろ勘弁願いたい。 だからこそ一刻も早く依頼内容を聞いて立ち去りたいと思っている。用のないときは呼び出さないで欲しいし出来れば用件ですら人の手を通じて欲しいとも切実に思う。だが全て叶わない。 『彼』になんとなく気に入られていることは自分ですら気付いていた。だからこそ彼は用も無く自分を呼び出し仕事をしている自分の部屋の、居心地のよいソファに腰を下ろさせてお茶を啜らせる。 全く無意味な好意である。
こんな暗殺者に一体何の用だか。
聞いたところではぐらかされるか茶化されるか。 『彼』は冗談も嘘も好んでよく使っていた。そしてその全ては相手を陥れるための言葉だ。頭も切れ、弁が本来から立つ男なのだ。全く煩わしい才能。面倒な。 しかも自分のボロを出すことはない。一生かけてもこの男の些細な弱みすら握れないだろうと思うとひどく腹が立った。 ――一度くらいはその道化のような表情から苦しみや怒りなどで顔を歪ませてみたいものだ。と、中路は密かにそう思っていた。
中路は『彼』に関して何も知らない。 ただ毎日高そうな机に柔らかそうな椅子、に座って自分に殺しの依頼をして笑って何か書類を書いて、そしていつもやはり笑っている。
よくは分からんがとりあえず偉い人、と言う認識だけはあった、が、まぁどんなに偉かろうが実はしょぼかろうがどうでも良い。 要は金が欲しいだけなのだ。 だからこそこんな血なまぐさい家業をしている。唯一の自分のとりえはそれだけだったし。 しかし、こんな狂気の権化と廻り合わせられたのはいささか考え物である。 そんな野良犬みたいな自分を拾ってくれた同業者には感謝する。そうでなければ自分は学校に行くことも叶わなかっただろうしましてやギターなんて手に入ることはできなかった。 感謝している。ソレはもう尽きぬほど感謝するが。 こんな自分に暗殺を依頼する彼にも一応感謝の念は存在するが。
要は金が欲しかったわけで彼が苦手なわけでやはり相手の好意は不快なわけで、知りたいと願わないはずなのに気付けば弱点を探し出そうとする浅はかな自分がいる。
結局無駄だし自分も意識をしたくない。しかし意識せねば弱点を探る自分がいる。無限のループである。
だから無意味な好意を好まず接触を好まず。 彼に対して大きく持つのは突き落としてやりたいと願うどろりとした悪意と願い。 知ろうともしない知りたくも無い何も知らない。 知ってはいけないと自分ですら気付かぬうちにサイレンは遠くから響いていたのだ。
だからこそ唯一つ、知っているのは彼の名だけ。
「極卒さん。」
『彼』はゆっくり微笑んだ。
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