こつんこつんと高いヒールが磨り減った床を同じ感覚で鳴らす。 カーキーのブーツに首までしっかりと止めた軍服。腰元に刺してあるスラリとした刀は『彼』自身を表すかのようだ。
抜刀した瞬間に『彼』は狂気にとりつかれたが如く狂ったように刀を振り回す。 血にまみれたその姿を『彼』の部下、そして彼を知るもの――――例えそれが敵であったとしても、皆畏怖と尊敬と、そしてとりつかれた『彼』を比喩するように呼ぶのだ。
―――――――――鬼、と。
「中路君」
抑揚のない声が室内に反響した。 と言っても彼は本来から大声を出すタイプではなく、どちらかと言えば声が高いので響く。 ぼんやりと正面にいる相手のことを訝しげながら考察していると不意に名前を呼ばれる。一瞬驚いたが、後は心臓も容易く落ち着いていつもと同じ鼓動を感じた。 中路、と呼ばれた少年は黒縁のレンズの分厚い眼鏡を直してから、常に右隣においている刀を掴んでそうしてようやく呼ばれた先を見据えた。
「何か。」
目の前にいる『彼』は机に肘をついて自分をじっと見ていた。 大きすぎる目に裂けた様に広がる赤い口。どれをとっても彼の容姿は恐怖に感じるが、彼の目が澄んでいることも、中路は気付いていた。
「ぼんやりと眺めていたのでね、何か面白いものでもありましたか。」
言われてからようやく自分は本棚に視線を合わせていたのだと気付く。
部屋全体が本棚に囲まれていると言う表現が大げさでなく、ハンパじゃない量の書物が見える。種類も豊富と来たものだ。
外国の書物に法律、戦術に拷問集。 不気味な書物の中に白雪姫、赤頭巾、赤い靴、ヘンゼルとグレーテル。童話の中でもとりわけグロデスクな絵本までもが本棚にしまってある。 らしいのからしくないのか。少々眉を顰めながらじっと眺めていると、彼が近づく足音が床から響いた。
「息抜きでね。」
聞いてもいないのにまるで質問を答えるかのように言う。中路は彼がどのような本を読もうとも興味がない。もってはいけないと思っていた。だから、「はぁ。」と興味なさ気にそういったのだ。
ガラス戸の本棚から童話を全て取り出した。その後何を思ったがズイと自分に渡される。 どうしろと?と視線を投げかけたが、彼の笑みは増すばかりで、道化師のように全く読めない表情のぎょろりとした目がただただ自分を写しているだけだった。 仕方がないので一番上の本の表紙を眺める。 白雪姫、だ。 白い肌に紅の頬、愛らしく笑んでいる少女がつややかな林檎を持つ表紙だ。 見慣れない鮮やかな色使いに、外国のものだろうかと判断する。
「いかがですか?綺麗でしょう。」
「・・・・・・・そうですね。」
「おや、童話に興味はありませんでしたか。」
「・・・残念ながら。」
丁寧に渡しながら答えると、ソレに彼は満足げに笑う。 何を期待しているのだろうか。この男は。
「君には童話のような非現実的な話も世界も似合いませんからね。」
「・・・・そうですか。」
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