「キンブリーさん」 呼び止められて、振り返って、幸福になって、そして彼女の薬指にはまった指輪を見てそれ以上の絶望感を味わう。 「どうしましたか?」 「父の書斎を整理していたらこんな物が」 そう言って彼女が差し出して来たのは亡き師の研究書。 「私には必要ありませんから、貴方に」 「ありがとうございます。またお宅にお伺いします。美味しいケーキを買って行きますから、先生の思い出話をしませんか?」 「父も喜ぶと思います。それでは、これで」 「…………御婚約、おめでとうございます」 「ありがとうございます。今度いらっしゃる時は副官の方もお連れになって下さいな」 「彼女は副官から外しました」 「…………そう。残念ですね」 「私には貴女が唯一ですから」 『唯一』の言葉に陳腐さがきわだって、苛立ちだけが残った。 「では、また今度」 悲痛そうな表情をした彼女に背を向けて歩き去る。
永遠に彼女に囚われることの幸福に頭が狂いそうだった。
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