病院の第二回目のバルサン焚き。もうね、辛いの何の。キツイの何の(苦笑。 でもね、排水溝を封鎖していないから、ゴキちゃんは全然死んでないの。奴らの賢さには、本当に頭が下がるよ。来年は、やっぱ封鎖すべきだね、排水溝を。
由紀子・夏樹編 第十三話『覚醒予兆 前編』 その2
「分からない。でも、人を一人拉致してくるだけだから、準備から撤収まで一週間・・・ぐらいかな」 焼けたパンを貰い、瑠璃葉から晃の言葉を借りれば主任からもらった苺ジャムをこれでもかというぐらいに塗ったくる。パンは、元の色が分からなくなるほど赤く染まっていた。 「どこに行くの?」 「しがない田舎町だよ」 晃は、笑って答えをごまかした。今回の任務は、確かに内容自体は難しくはないが、問題は拉致対象者がいる町にあった。最も避けるべき場所であり、同時にもっとも注意していなければならない町。かつて最強と呼ばれ、衰退したとはいえども絶大なる権力と力を有す除霊屋の『橘(たちばな)家』と、限りなく神に近い存在、歌宝山に住まう最強の巫女『水及(みなの)』が存在する『櫻(さくら)町』こそが、今回の舞台であった。町の名前を言えば、久遠もすぐに察する。晃は、彼女に無駄な心配はかけたくなかった。しかし、晃の嘘を見抜くのは実は造作もない久遠。晃の気持ちを汲んで、敢えて何も言わないだけである。 「気をつけてね。って、晃を倒せる奴なんてそうそういないし、心配するだけ損か。今度、部下達と料理をする約束をしているんだ。今度こそ美味しいの作るから、絶対に帰ってきてね」 「うん、楽しみにしているよ」 晃は、笑顔で彼女にそう誓った。
およそ十二年前、櫻町に震撼が走った。『藤堂一家殺人事件』。一家四人が何者かによって皆殺しにされたという、おぞましい事件である。昔から、淀んだ事件が起こる櫻町であるが、この事件ばかりはさすがに町の雰囲気を暗くさせた。一時期、夜間に外を歩く人がいなくなるぐらいに。事件から二ヵ月後、犯人も逮捕され、死刑の判決が下り、すでに執行されている。しかし、それが表向きの作り話である事を知っているのは、ごく一部のものだけであった。 除霊屋。彼らは基本的に、『理から外れしモノ達を調整する』のが仕事である。だが、仕事はそれだけではない。『理から外れたモノによって乱されたものを調整する』ことも仕事の一つ。妖(あやかし)の存在は、日本の霊的なものを管轄する日本神族会の命により、隠匿されている。除霊屋は、日本神族会の手足となり、闇から闇へ。莫大な情報と独自権限を使い、世の中を操作していく。『藤堂一家殺人事件』もその一つであった。その事件の生き残りが、ここ橘家にいた。 朝六時。櫻は橘家の道場で、真剣を振るっていた。彼女の毎日の日課、両親を殺して行方をくらました兄を殺すための――研鑽(けんさん)である。一時間ほど振るった後、彼女は汗を流すために井戸へと向かった。冷たい水をくみ上げ、頭から被る。
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