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堕天王の逝く道
2007年8月
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 由紀子・夏樹編 第十三話『覚醒予兆 前編』 その6

 水族館は、オープンして間もない事と夏休みという事が相まって、凄まじい盛況振りだった。入場のチケットを買うのにも長蛇の列。しかし、沙夜たちは無料チケットを持っていたので、関係なしには入れたが――。
「・・・人の博物館か」
 と、櫻が呟くほどの、人、人、人・・・。魚達をろくに見ることも出来ない。結局、彼女たちがまともに見られたのは、一階から二階に渡って設置された強大な水槽ぐらいなもの。それもすぐに切り上げて、喫茶店へと逃げ出した。原因は、沙夜の人酔いである。
「・・・なんだか頭がクラクラします」
 喫茶店も凄い人の混みようであるが、辛うじて席は空いていた。頭を抱える沙夜を見て、優子が嘆息を吐く。
「失敗でしたわ。まさかこんなに人が多いなんて」
「一日貸切にすればよかったんじゃないか?」
「一体、一日でいくら稼いでいるとお思いですか? ありえませんわ」
 櫻の冗談にもきっちりと言い返す。
「・・・あ、夜に来ればよかったですね。閉店後なら、貸切ですわ」
「夜の水族館にはろくな思い出がない」
 その一言で、優子は櫻の苦々しい失敗談を思い出す。
「大水槽を叩き割ったのは、櫻さんのお姉さまでしたか。懐かしいですね」
「言わないで。気持ちが悪くなるから」
 除霊屋の仕事で、水槽は頑丈だから大丈夫だと豪語して水槽を強打、そして破壊した櫻の姉、椿。海水に飲み込まれ、気付けば駐車場に転がっていたという嫌な思い出でがある。今でも塩の匂いを嗅ぐと思い出してしまうから、タチが悪い。
 しかし、話は続かない。いつも興味津々と食いついてくる沙夜が、完全にグロッキー。楽しい話で盛り上げようと試みた優子も、諦めの白旗を上げるしかなかった。
「仕方ないですね。今回は明らかに私の失態でしたわ。ごめんなさい、沙夜さん」
「ううん、気にしないで。もう少し休んだら、動けるから」
 そうは言っているものの、明らかに限界の様子である。
「今日は帰りましょう。チャンスは、まだまだありますわ」
「・・・遠いけど大垣水族館なら空いているんじゃない? 近くに美味しい喫茶店もあるし」
「櫻さん・・・」
「不本意だけど、案内してあげるから。今日は、帰ろう」
 沙夜は、嬉しそうに『うん』と頷く。どうして自分から誘ってしまったのか分からなかったが、櫻は彼女が笑ってくれただけでもう満足だった。
2007年8月25日(土) No.306

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